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2009年9月24日 (木)

今日は大切なお話です。

Sora

陶芸家の小谷田君が紹介してくれたその小さな女性の目はキラキラと輝いていて、まっすぐにこちらを見つめてきた。少女のような目だな、と思った。何かを表現したくてうずうずしているような目だな、と思った。去年のもみじ市での出来事だ。

彼女は広島でごはん屋さんを営んでいる子なのだ、と陶芸家は言った。そのごはん屋さんで、陶芸家の器を使っているのだ、と言った。そのくらいの話をしただけだった。

それから1ヶ月後、大学時代の親友の結婚式に呼ばれ、人生で初めて広島を訪れた。10年以上会っていない親友から突然連絡をもらってびっくりしたし、結婚をすると聞いてびっくりしたし、式を広島で行うということにもびっくりしたけれど、今考えると彼が、陶芸家からバトンタッチして一本の縁の糸をつなげてくれたのかもしれないな、と思う。

どうせ広島に行くならと、僕はあのキラキラした目をした女性のお店に行ってみたいな、と思った。彼女がどんな料理を作るのか、興味があった。果たして、彼女の作る料理は素晴らしいものだった。幸せを感じる料理だった。

世の中にはたくさん美味しい料理がある。タイヤメーカーの人でなくても、“巨匠”でなくても、思わず星を2つも3つもつけたくなる美味しい料理は数多くある。でも、「美味しい料理」が「幸せな料理」かといえばそれは違う。難しい話ではない。美味しい料理とは、作り手(料理人)が「美味しくなりますように」と願って作る料理であり、幸せな料理とは、作り手が「食べた人が幸せになりますように」と願って作る料理だ。彼女が作る料理は、まさに後者だった。

年が明けて2月。「東京で種をまく。」というイベントを企画したとき、彼女に東京に出てきもらい、1日だけごはん屋さんをやってもらった。それから1カ月後、僕たちは手紙社の新しい“基地”をつくることを決めた。そしてその基地に、厨房施設をつくることを計画した。当初は、イベントのときだけ使えばいいや、くらいに思っていた。でも、借りた物件は団地の小さな商店街の店舗物件。その商店街には飲食店がなく、店舗会の人たちからは、「毎日店を開けたらいいのに」と言われた。僕たちもちょうどその頃、基地の中にごはん屋さんがあったら楽しいだろうな、と考え始めていた。

実はそのとき、すでに僕たちの頭の中には、彼女がいた。それより少し前、彼女から、「もしかしたら広島の店を卒業するかもしれない」ということを聞いていたのだ。

7月中旬、僕たちは仕事で広島に行った。その折に、再び彼女のお店を訪れた。再び彼女が作った料理をいただいた。前回いただいたときより、さらに幸福度は増した。だから僕たちは、ダメもとで彼女にお願いした。東京に来ませんか、と。

彼女は、8月の終わりに広島の店を卒業した。そして今週、東京にやってくる。

10月、手紙社の基地のなかに、タナカセイコさんのごはん屋さんがオープンする。その店の名を、 「ヒバリ」という。

手紙社とヒバリは、晴れの日も雨の日も、手を携えて、大きな空を飛んでゆく。

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